私の指揮法

合唱指揮者 古橋富士雄

 

指揮者って何!

「指揮者って何のために居るの?」時々そんな質問を受ける。エネルギッシュに手を振り、汗をダラダラかき…!ヴァイオリニストやピアニストあるいはオペラ歌手といった方達の演奏なら、すごく上手いと感動したり、恐ろしく下手だったとか、衣装が派手だ…。などの感想はあるだろう。しかし、指揮は大勢の歌い手の前で手をふりまわす。オーケストラなら多勢の人々がそれぞれの楽器を持ってピーピー、ギコギコ、プープーやっている真ん中で手を振って立っている。なのに自分の音は出せないというのが指揮者、なんともへんてこりんな仕事なのだ。

指揮者と言う仕事を確立させたのはメンデルスゾーンだと言われている。それまではオーケストラのヴァイオリンのトップ奏者が楽器を弾きながら右手の弓を振って合図したり、頭や体を振って合図をした。この光景はサウンド・オブ・ミュージックの舞踏会の場面でご存知の方も多いだろう。この弓が今の指揮棒に変わったのだ。オーケストラのヴァイオリンのトップをconcertmaster(英)  konzertmeister(独)と言うのはここからきている。その昔、合奏をまとめる人が2メートルもある長い棒をもって床をドン、ドン、ドンと大きな音をたて、リズムをとっていたらしい。17世紀の作曲家リュリは、誤って自分の足の爪の上に落としてしまい大怪我をした。それが元で破傷風になって死んだと言う。とにかく歴史上ではそのようにして今の指揮棒を持つ指揮者が誕生するわけである。

歴史はともかく指揮者が変わると同じ曲を演奏しても演奏団体が変わってしまったのかと勘違いするくらい変わってしまうから不思議である。同じ楽譜を見てもその一つ一つの長さの感じ方が違うから不思議。我が師匠、斉藤秀雄先生は1音符、1音符すべて指揮をするようお命じになった。しかし、オーケストラの方達は指揮を見ていないで楽譜を見ている。いやいや大事な所は指揮者をチラ見している。師匠は、「そのチラ見でもわかる指揮をしろ」と良く言われた。目つきが悪くなる訳だ(笑)。合唱は違う。まっすぐ前に指揮者がいるので安心して笑顔で見てくれる。でも指揮と違う事を歌う場合もあるのが合唱!そんな訳でオーケストラも合唱も指揮法は同じである。では何が違うか…というと、オーケストラは何らかの楽器を演奏する事から音楽的知識は勉強している事が前提になる。しかし合唱はプロ以外はどの合唱団も素人の集団。つまり声の出し方から楽譜の読み方まで解らない人がいる。その人たちの前で手を振り音楽を創りだすのである。これは驚異としか言えない。

合唱指揮者は知識が豊富でなければ務まらない職業なのかもしれない。