オンガクノシゴト図鑑vol.4 《ステージマネージャーのシゴト》

安齊慶太(あんざいけいた)さん(紀尾井ホール)× 阿部紋子(あべあやこ)さん(日本フィルハーモニー交響楽団)

  

 

演奏会を開くにあたっての、縁の下の力持ちとなるのが「ステージマネージャー」、略称「ステマネ」です。今回は演奏団体のステージマネージャー、ホールのステージマネージャー、両側の立場で最前線に立たれているプロフェッショナルお二人からお話を伺いました。

 

日本フィル、新日本フィルを経て、サントリーホールの初代ステージマネージャーを務められた宮崎隆男さんは、日本における「ステージマネージャー」という職業の草分けとして知られています。安齊さんは宮崎さんの現役時代最後のお弟子さん3人のうちの1人だそうですね。

 

(安齊)

小中学時代は吹奏楽、高校大学はオーケストラ部にいたんですが、大学時代、トレーナーの先生が東京都交響楽団(都響)のコントラバス奏者さんだったんです。で、アルバイトしないかと声を掛けて頂きました。そのときに宮崎さんが都響にいらしたんです。

ちょうど就職をどうするか考えていた時期で、専攻が心理学でしたので、人を相手にする仕事に就きたかったんです。児童心理をやっていましたし、保育士とかも考えたんですが、どの仕事も何かピンとこない。そんなとき宮崎さんやアルバイトの同僚と出会い、「音楽家を相手にする仕事」というのが選択肢としてあり得るなと思った時、ああ、これが自分の仕事だな、と。

 

阿部さんは、日本有数の名門オーケストラ専属のチーフステージマネージャーに就任してまだ2年弱ですが、そもそもオーケストラとの出会いは?

 

(阿部)

大学3年の夏に、企業インターンシップ(職場体験)というのがありまして、当時、卒業後には普通の企業勤めのつもりでいたので、それとは全く違う、何か学生の時にしか体験できない職場はないか?と。子供時代からピアノとバレエは習っていましたが、それじゃあ音楽祭のスタッフはどう?と先生に勧められました。ただ、全くオーケストラの世界は縁遠くて、正直、室内楽とオーケストラの違いすらわからなかったのです。

その音楽祭には、プロのステージマネージャーが4人いらしていて、その方々がすごく楽しそうに仕事をされているように見えたんですね。恥ずかしながら「ステージマネージャー」という職種があることをそのとき初めて知ったんですが、当時、就職した学校の先輩たちが飲み会で会社の愚痴をこぼしている姿を見て、ついその姿と比較してしまったんです。

なので、「ステージマネージャーになりたい」というよりも、楽しく働いている先輩方と一緒に働いてみたい、というのが私の最初の気持ちでした。

 

ステージマネージャーとは?

ホールにおける、「舞台スタッフさん」と「ステージマネージャー」の違いとは?

 

(安齊)

ホールによってもちろん差がありますし、舞台さんによってはステマネ的な仕事をされているところがありますが、簡単にいうと、ホールの舞台、音響、照明といった方々の仕事は、ホールの備品の管理です。ステマネの仕事というのは、主催者さんと打ち合わせをして、その備品をどう使うかのプランニング、そしてリハーサルや本番の進行をお手伝いするということなんです。スタッフの個々の仕事をうまく繋いで、公演を成り立たせるのがステマネの仕事です。

演奏家にとっていい状態へ持っていくために、演奏家とホールスタッフの間のインターフェイス役をする。紀尾井ホールは、そこのところをかなり手厚く、おせっかいと言えるほどやっています。

 

せっかくの素敵なホールですから、いい形のコンサートにしたいですよね。

 

(安齊)

そのためにも、演奏に関する情報の共有はとても大事で、出演者がコンサートをこうしたい、という計画が事前にきちんとされていて、しかもその情報が細かければ細かいほど、当日の変更などの対応も柔軟にできやすいんですよ。「こういう響きにしたいんだけれど、どうしたら?」とリクエスト頂いたら、こうしたらよろしいのでは、とアドバイスができます。とにかく、まずはご相談ください!最適解がすぐに見つかるとは限りませんが、時間があれば実験もできますしね。

 

ホールに常駐する安齊さんに対して、日本フィルは全国いろいろなホールを巡りますよね。

 

(阿部)

定期で使うサントリーでも年間10公演程度に過ぎないですし、その都度曲も指揮者も変わるので、どんなに耳が良くても、毎回の音を記憶していられる人は少ないと思います。いつもご自分のホールの響きを定点観測していらっしゃる方に聴いてもらえば、他との比較ができるんじゃないかなと思って、難しいセッティングの時は、最初からご相談するようにしています。

 

舞台の「設計図」は大事です

 

安齊さんの場合、舞台の作業を実際に部活で体験的にやってきたことと思いますが、阿部さんは仕事をどうやって学んだのですか?

 

(阿部)

とにかく現場で見て覚えろ、という感じでした。アルバイトを始めたのが遅かったので、最初は外国に来たみたいでした。楽器の区別や名前がまずわからず、業界用語、カタカナ言葉がいったい楽器なのか作曲者なのか曲名なのかわからない。なので、「誰でもわかる音楽事典」を買ってその日にわからなかった言葉を調べて、ああそういうことだったんだ、と。

 

椅子並べの配置や間隔とかは、経験で?

 

(安齊)

自分で座ってみて、指揮者やコンサートマスターが見える、各セクションのトップがある程度見える、という、オケのメンバーの視線を確認して並べることが重要なんですよ。

 

音の響き方や見え方、いろいろな経験を元に、舞台の配置図を書いていらっしゃるんですね。

 

(安齊)

そもそも、この楽器編成や合唱がこの舞台の広さでうまく収まるか?ということから始まり、「舞台図面」って僕はとても重要だと思っているんです。家を建てるんだって設計図がないといけないですよね。

舞台ごと、公演ごとにオーダーメイドな訳で、「この曲をこういう編成、こういう配置でやりたい」という相談を事前にいただいて、それを元にしっかりと図面に落とし込む、っていう技術やノウハウに対する評価が低いと思うんです。

 

「コンサルタント」としての仕事の価値ですね。かつては「ステマネ」というのは蔑称だったそうですが。

 

(安齊)

宮崎さんもそう言っていました。「アーティスト」と比較して蔑称的な意味が確かにあったと思います。私は、ステージマネージャーの社会的地位を上げたいと思うんです。そして、そのためにも、仕事のクオリティを上げなければ、と思います。技術的尺度は必要じゃないかと。ステージスタッフ会議の飲み会でも言っているんですが、この仕事を資格制にしたいと。臨床心理士が資格制度になりましたよね。「カウンセラー」という仕事が、すごく怪しい世界から、ちゃんとした仕事として社会で認知されて公務員の仕事にまでなったのを見てきた訳です。

 

日本初の女性ステージマネージャーとして

 

女性ステージマネージャーというのはプロのオーケストラでは日本初と伺いましたが、全体的には舞台の仕事をする女性は増えているような気がします。

 

(安齊)

確実に増えていますね。ホールもオケも。これはいいことだと思いますよ。若い子のハングリーさとか食いつき方というのを見たとき、男の子はノホホンとした子が多いなっていう印象があって、「これで食っていくんだよ」っていうのは女の子の方が多いですし。

強いて男女間に性差があるとすれば体力だけだと思うんですが、かといって今の男性が筋肉モリモリな訳でもない。お前にはハープ持たせたくない、って思う男もいます。なにせ阿部さんは、山台を持ち上げてフラフラしてたのが、一念発起して筋トレに通ったぐらいの人ですから(笑)

 

(阿部)

物を運ぶのがアルバイトの仕事なのに、それすらできない私は一体何なんだろう、と。それで、仕事がない時にジム通いを始めたんです。仕事が少ない、という状況自体、これで食べていこうという人間にとってはそれだけで落ち込む訳ですが、その落ち込んだ顔で仕事に行くぐらいならいっそ気分転換しようと。大学卒業当初は月に4、5回しか仕事がない時もありました。その仕事で楽員さんに覚えてもらって、「来てくれて良かった」と言われるために、パワーも気持ちも変えたかったんです。

 

確かにハンデはあるかもしませんね。

 

(阿部)

私の見た目だからかもしれないのですが、女の子なんだし、わざわざステージなんかやらなくても、重いもの持たなくてもいいじゃない、と言われました。そろそろ30も近いし、企画制作でもやってみないかと声かけてもらったことがあります。

 

(安齊)

逆に「なんでステージじゃダメなの?」って思う瞬間があるよね。なんで企画制作に行かなきゃなんないのかって。

 

日本フィルとしては、「阿部組」の誕生で急に世代交代が進んだという印象があります。日本フィルに限らず、歴史のあるオーケストラは昔からの積み重ねも大きいと思いますが。

 

(阿部)

アルバイト時代に改革したいなと温めていたことをチーフになってから実行して、確かに合理的にはなったと思うんですけれど、それが果たして良かったのか、今ようやく考え始めたところです。残さなければいけない伝統と、変えた方が今の時代に合う、という部分の見極めはやはり難しいなと最近思います。「この方法の方が合理的だよ」と他のスタッフから言われた時に、ああ、日本フィルの伝統からしてそれはアリかな、ナシかな?と考えて、やっぱりちょっとずつやろうね、と。最終目的地は一緒なんですけどね。

 

舞台裏ではたくさんのアルバイトさんが働いていますね。

 

(阿部)

「下積み時代に一緒に切磋琢磨する時間」というのがあった方がいいと思うんですね。ステージマネージャーは、それぞれアルバイト時代の同僚がいます。私の場合、横のつながり、同世代が多い年代なので、彼らと一緒にアルバイトをしてきて、それがだんだんと抜けてオケに入っていく、という道をみんなで辿ってきました。なので、いざ自分がチーフになった時に相談できる相手がいる訳です。

それと、これは私の考えですが、クラシックに限らずポップスでもバレエでもいいので、色々な経験があると、いざステマネになった時に打たれ強い。それに引き出しがたくさんあるのがいいと思って、今、私の下で働いてくれているアルバイトさんには、そういう経験を是非してほしいと思っています。日本フィルの仕事がない時間に、もしいい機会があればどんどんよその現場に行きなさいと。

 

自分で道を切り拓き、縁と運をつかむ

 

中高大学生の読者の中で、これから舞台の現場の道へ進もう、あるいはアマチュアの活動の中で裏方の仕事も頑張りたい、という人がいたとして、何か助言はありますか?

 

(安齊)

「喜び」を感じるのは、やはりお客さんとアーティストがいい顔をしている時ですね。いい演奏をして。それがあるから、やっていけるんだろうなあと。

反面、いい話ばっかりじゃないので職業として手放しにお勧めはできないです。実入りがいいかと言えば全くそうではない。土日はないですし、平日は遅いし、休みを取れと言われても取れないジレンマを抱えます。自分の趣味をやるとすれば身を削るしかない。仕事が終わってから疲れ果ててオケの練習に行くとか。

 

アマチュアオケの活動を続けているんですね。

 

(安齊)

高校(都立日比谷)のOBオケと社会人オケでチェロ、コントラバスを弾いています。オケを辞めたら自分を表現するところがなくなってしまいますから、それは辞める気はないです。ただ、仕事として演奏家になろうと思ったことは今まで一度もないんです。あんな大変な仕事をみんなよくやるな、と。

じゃあ何をもって自分はステマネをやっているかといえば、やはり「音楽」なんですよね。音楽があるから、としか言いようがない。「音楽に関わっている」という人生に自分の喜びを見出している。

そういう価値観が理解できないのであれば、この職業は全くお勧めできないですし、そもそも「どうですか?」って訊いてくる子は多分ステマネには向かないです。自分で決めて、なるって決める世界なので。自分で道を切り拓くしかないんですよね。

私も30まではフリーターだなと覚悟して都響に居ましたし。それが24の時に声かけていただいたのはたまたま運が良かったからです。宮崎さんという人のご縁があったから。縁と運ですね。

よく待ったよね、阿部さんは。最後まで頑張って、よくぞ「縁と運」をつかんだと思いますよ。

 

阿部さんにとって「ステマネの喜び」とは??

(阿部)

この仕事の魅力は何か?と問われれば、それは「答えがない」ということかな、と思います。演奏家も曲もお客さんも、一生のうちに、というか地球が回っている時間の中で、たった一回しかその組み合わせは起こらないと思うんです。みなさんの体調も含めて。そんな一回しかない状況で、「答えがないもの」をいかに自分の理想に近づけられるか。

 

マニュアル通りにやってチェック項目を潰していけばいいという仕事ではないですからね。

 

(阿部)

もしも将来、「ステマネとは何か?」という問いにスパっと答えることができるようになったら、その時には、多分自分は辞めているだろうなと思います。そのような日は来ないと思いますが、答えを毎日探しながら仕事をしています。

 

(安齊)

主催者、音楽家、お客さんといるなかで、ステージマネージャーっていう立場は、音楽家寄りなので、主催者とはちょっと違う立ち位置です。演奏者の味方として彼らを守る立場って実はあまりないんです。お客様のためにいい演奏会を、という仕事でありながら、そこがジレンマではありますが、やはりステマネとして演奏者側に立つ人間でありたいと思いますね。

 

子どもたちへの贈りもの

 

合唱や吹奏楽の世界では、中高生の部活動が非常に盛んでコンクールなどでも水準の高い演奏をしていますが、卒業後も音楽を楽しんでもらえたらと思うのですが。

 

(安齊)

コンサートホールの問題として、お客様が高齢化している、ということが言われています。昼間のコンサートですとか、ワンコインで聴けるコンサートですとか新しい機会づくりを考えています。とにかく若い時から音楽を聴いて楽しむということが習慣になって根付くといいんですが。

 

日本フィルは、子どもや、子育て世代向けのコンサートを熱心にやられていますね

 

(阿部)

学生の時に、二期会合唱団のマネージャーのアルバイトをしていたことがあるんですが、その時文化庁の学校公演の仕事があってそれがとても楽しかったんです。今、日本フィルもやはり文化庁公演で全国まわっています。実は定期公演と同じくらいに、この学校公演って大切な仕事だと思っているんです。

学校公演は、ほぼ体育館での演奏です。普通は真っ平らなところにオケもいて生徒もいる。でも、この舞台をきちんと組むと、例えば木管、金管を高くすることで、体育館でもバランスよく聴こえるし、よく見える。そういうところでも、私は少しでもいい形に舞台を作って差し上げたいと思っています。

 

(201817日、紀尾井ホールにてインタビュー)