時と場所を越えて
合唱指揮者 笹口圭吾
週の半分3~4日ほどは東京周辺にて、残りは住まいのある群馬県で仕事をするという生活が、かれこれ20年ほど続いているだろうか。移動の手段はもっぱら高崎線である。新幹線も選択肢の一つだが、池袋・新宿方面への移動は、大宮で乗り換えなければならず、おまけに自宅最寄りの本庄早稲田駅は停車本数も限られていて、結局のところ乗り換えや待ち時間を含めると、所要時間は在来線と大差が無い。長距離運転は余り好きでは無いので、車での移動は群馬県内の仕事に限っている。グリーン車に乗って、楽譜に目を通して稽古の計画を練ったり、読書をしたり、仕事への思いを巡らす時間は有意義だ。家庭人から仕事人への切り替えには必要な時間とも言える。帰路は仕事の心地よい疲れを払いながら、家庭人に戻るのだ。かの萩原朔太郎が帰郷に際し、高崎線車中にての想いをしたためた一節「まだ上州の山は見えずや」が頭に浮かぶ。彼も同じ鉄路の上を行き来したのだった。
我が家のすぐ近くを旧日光例幣使街道が通っている。中山道の高崎付近から分岐し、群馬県を東西に通り、栃木県に入り日光壬生道に合流する。日光例幣使とは、朝廷から贈られる幣を、天皇の名代として東照宮に毎年運ぶ勅使の一行であり、この道は行列が中山道から日光に抜けるための脇街道として整備された。
島崎藤村の長編小説「夜明け前」は、藤村が生まれた中山道馬籠宿を舞台とし、幕末の動乱渦巻く京や江戸を俯瞰するという凝った構成で始まるが、馬籠を「なんとなく西の空気も通って来るようなところ」と表している。なるほど私も、この雅な行列が今から百数十年前まで自宅付近の道を通っていたのかと思いを巡らしてみれば、遠く都の香りが漂ってくるような、自分も文豪気取りで同じ思いを共有した気分になった。ところが「夜明け前」には、毎年この例幣使が宿場の村々に対し、賄賂や過剰な接待を強要するので困っていたという記述もあり、雅な空気は一瞬にして打ち砕かれるではないか。例幣使は公家衆から選ばれるから、幕末の公家は経済的にも困窮しており、これ幸いに稼げるお役目であったのだろう。街道筋の村々には、様々な労役が課せられていたのであるから、苦労も絶えない。
さておき、演奏することは、この「思いを巡らす」行為の集大成だと思う。楽譜を見て、先ずは音に込められた意図や、作曲の経緯とその道程に思いを巡らす。数百年前の作品ならば、この行為には一層の熱量を要するだろう。街道筋に立ち、いにしえの遠い都の空気を想う行為にも似ている。合唱団との稽古に向かいながら、団のメンバーが楽曲をどう理解してくださるかに思いを巡らす、そして稽古を重ね、本番で披露する最終形に思いを巡らす。時間や距離を越えて、さらには人の心の内まで、様々なベクトルに思いを巡らすのが指揮者の仕事と言えるかもしれない。
今日も思いを巡らしながら電車の人となる。




