二度とない「新しい景色」との出会い

 

 (指揮者:仁階堂 孝さん)

 

文京区が主催する『文の京の第九』の参加者が主体となって創立。ベートーヴェンの「第九」が人生初めての合唱体験、という人も少なくなかったそうです。「こんな曲、歌えるわけがない」と挫折しかけた人もいるそう。でもなんとか歌い遂げた。そこでドアが開き、メンバーたちは、「これからも歌いたいね」と思いを募らせる。合唱指揮の仁階堂孝さんが指導する合唱団のどれかに入団したい、と話しているうちに、当の仁階堂さんが「いっそのこと合唱団を作っちゃえば?」と呼びかけた。それがこの合唱団の誕生のきっかけ。2008 年のある日、とある居酒屋さんでのことだそうです。このお話をしてくださった団長の三辻昭宏さんご自身は、それまでリスナーとして毎年『第九』を聴いていて、いつか自分で歌えたらな、という思いをこの『文の京の第九』で実現したのだそうです。

合唱団の名は、宮沢賢治の「ポラーノの広場」から。そこへ行けば最上の音楽がある、という理想郷です。「そしてそこへ行けば美味しいお酒もある!」。仁階堂さんと合唱団のメンバーに誘われて、練習後の飲み会にお邪魔しました。楽しい酒宴やおしゃべり時間も含め、「音楽と、その周辺の生活」が、私たちにとっての大切な時間なのだ、と毎週お互いに確かめあうのだそう。

『第九』体験をルーツとするだけに、ルネサンスからロマン派へ至るクラシックはもちろんのこと、ジャズ、邦人作品と、今では幅広いレパートリーを歌います。この日は、森山至貴さんの委嘱新作の練習。待望の楽譜が森山さんから届き、初めてのピアニストとの合わせでした。

たゆたいつつも、大らかな推進力を感じる音楽に、「いいじゃない!」と、歌い手から思わず声が上がりました。楽譜の行間を読むような、譜面には書いてない微妙な強弱について、指揮者、ピアニスト、歌い手がそれぞれ闊達に解釈を述べ合う、実験と共有の楽しいひととき。初めてのピアノ合わせでしか見ることのできない、初めて見る音の景色。「次に歌うときは、もう道が見えている。今日の新しい景色は、二度とない。」仁階堂さんは、『第九』に初めて出会ったときの原体験になぞらえて、この素敵な練習の時間を締めくくりました。