「若気の至り」
指揮者:福永一博
誰にでも、若気の至りというものはあると思います。これは自分が国立音楽大学に通っていた頃の話。
当時、合唱がしたくてたまらなかった私は、歌科の同期や先輩に声を掛けて、男声合唱団のサークルをつくりました。団名を、当時学内で教えられていた松下耕先生が率いる「女声合唱団ANGELICA」(天使)に憧れて、(勝手に)「男声合唱団DIABOLICA」(悪魔)と名付け(この時点ですでに恥ずかしい…)、学内で活動をはじめました。
学内でのコンサートなどに飽き足らず、コンクールに出よう!ということになり、箱根学生音楽祭や、東京都合唱コンクールにも出場、とそこまでは良かったのですが、なんとありがたいことに東京都合唱コンクールで金賞をいただき、全国大会に出場できることに…!
いかんせん勢いだけの合唱団で、まさか全国大会に出られるとは思っていなかったので、浮かれながら全国大会の日程を調べてみると、なんと大学の合唱定期演奏会の本番とまるかぶりしていることに気付いて冷や汗。ただ、その年の全国大会は東京開催だったため、会場の東京文化会館から国立音楽大学まで1時間だから全国大会に出ても合唱定期の本番には間に合うかな?などと楽観的に考え(これも恥ずかしい…)、大学側に交渉するも当然ながら全国大会への出場は認められず、泣く泣く推薦を辞退しなければならない事態に。都連に出場辞退のお願いとお詫びに向かうにあたって、耕先生にいきさつを話したところ、「オレが一緒に謝りにいってやるよ」と、本当にお忙しいのに一緒に電車に乗って都連に赴いてくださり、「合唱連盟始まって以来の全国大会への推薦辞退だよ」というNさんのお叱りの言葉に、一緒に頭を下げてくださいました(ああ、思い出すだけでも恥ずかしい…)。
それから3年後に、harmonia ensembleを結成して全国大会に出場できることになったのですが、その時にNさんから「今度は辞退しないでね(ニヤリ)」とエールを贈られたことも印象深く記憶に残っています。
そんな都連にまさか個人会員として入会させていただくことになるなん て、ほんと人生何があるか分かりません。あの時のことは、耕先生の男気溢れる優しさや、Nさんの厳しさ・温かさとともに、今でも時折り恥ずかしく思い出すのです。