続けていること、続いていること

合唱指揮者:清水 昭

「先生はせっかく早稲田大学を卒業されたのに何故合唱の道に進まれたのですか?」以前は幾度とな
く質問されましたし、今でもたまに聞かれます。その時私は「早稲田大学高等学院グリークラブで関
屋晋という指揮者に出会い、合唱の楽しさを知り、自分も指揮者になりたいと思ったからです。」と
いつも答えています。さて高等学院グリークラブに入部して初舞台は、8月に東京文化会館大ホール
で開催された甍演奏会でした。大学生(コール・フリューゲル)と社会人(いらか会合唱団)3団体
合同で歌った「月光とピエロ」等の清水脩作品の演奏は、小中学校での合唱経験の少ない私にとりま
しては充分過ぎる程刺激的な体験でした。更にこの年の秋のコンクールでは、自由曲でシューベルト
の詩篇23を歌い都大会を突破するという嬉しい出来事もありました。歌った私たちよりも、顔をくし
ゃくしゃにしながら喜ぶ先輩の皆さんの笑顔が今でも懐かしく思い出されます。そして時は流れ高校
一年生の時第8回だった甍演奏会も来年は57回、当時よりもずいぶん年齢差が広がりましたが、ほぼ
半世紀、今なお私のホームグラウンドとでも言うべき場が続いている幸せを感じています。

 

さて、大学での合唱生活を終え、「指揮者になる」と宣言してはみたものの、無名の若僧に指揮者の話はほとんど来なかった20代、有り難かったのは高校大学時代の合唱仲間でした。彼らが就職した会社の合唱団で指揮をする機会に恵まれ、一時は職場合唱団4社に関わっていた時代もありましたが、団員減少、会社の補助金削減、あるいは合唱団幹事の転勤等で次々に活動休止。しかし今私が関わる唯一の職場合唱団である丸紅本社合唱団は、50名を越える団員で元気に活動を続けていす。この合唱団で特筆すべき行事は、東京、大阪、名古屋にそれぞれ合唱団があり、一回持ち回りで三店交歓コンサートを続けているのです。ちょうど30回目となる今は10月に名古屋で開催されました。しかも3合唱団共に30年間指揮者が変わらないというのも珍しいでしょう。

その他に、私が30年以上続けている事と言えば、前橋市の合唱団とのおつきあいす。転勤族だった父、幼少時代に過ごした前橋へ、月に2~3回通っているというのも不思議な縁を感じます。さてこの稿では私が続けている事、私の周りで続いている事をとりとめなく書き綴って参りましたが、最後は私が日頃前橋でお世話になっている先生のお話を…。その方のお名前は田島英子、御年91歳、つい先日、先生が指揮をされる混声合唱団「クール・ドゥ・アマトゥール」の年一度の演奏会の案内が我が家に
届きましたが、今年は何と創立70周年記念コンサート!しかも先生はご自分で創られた合唱団の指揮
を70年間ずうっと続けていらっしゃるのです!何と素晴らしい事でしょう!