景色がわたしを見た
作曲家・指揮者 松下 耕
こんにちは、松下 耕です。いつもお世話になっております。
この原稿を書いている昨日まで、北海道に新作の取材旅行に出ていました。北海道のつかの間の秋(朝は零度でしたが)は実に美しく、私の心を癒してくれました。黄色や赤に鮮やかに色づいた木々を見ていると、生命の尊さを改めて感じずにはいられません。色づく大地は、この後に訪れる長い長い“死の世界”、極寒の冬を前にした、一瞬の『生の発散』のように見えます。
北海道は、いつでも、私を生き返らせ、希望を与えてくれる場所です。
同じように、海外でも、私の生き方そのものに影響を与えてくれた場所があります。そんな場所を、皆さんにご紹介したいと思います。
まずご紹介したいのが、ノルウェーのフィヨルドです。フィヨルドとは、「入り江」という意味で、氷河による浸食作用によって形成された複雑な地形の湾や入り江のことです。この風景は、想像をはるかに超えていました。そのスケール感は、日本には存在しない大きさです。素晴らしい景色を忘れないために、カメラで撮ろうと思うのですが、カメラのファインダーには到底収まりません。
ベルゲンに建つグリーグの家には、フィヨルドに向かう形で真っ赤な離れの仕事場が立っており、グリーグは毎日、この雄大な風景を眺めながら作曲していたのだ、と実感できます。『ペール・ギュント』は、まさにこの風景あって誕生したのだ、と納得させられます。ここも、自然が鼓動している、と感じることのできる場所、人間が小さく見えるな所でありました。
もう一箇所ご紹介したいのが、地中海に浮かぶコルシカ島です。地中海の島としては、サルデーニャ島にも行ったことがありますが、私としては、コルシカ島の方が断然ドラマチックでオススメです。
2億5千万年前に海底の隆起で出来たこの島は、島自体が急峻な山岳地帯となっており、平地はほとんどありません。この島で見るものはすべて新しく、鮮やかです。山の中腹に、寄り添うように建つ村々はそれだけで絵になりますし、村ごとに建つかわいらしい教会は、この島の人々の信仰の証しであり、生きていくための糧であることは言うまでもありません。
海沿いの道路を車で走ると、そこにはフィヨルドと同様に、今まで見たことのないスケールの景色に圧倒されます。この地球に生まれてきたことの喜びと感謝が、心の底から素直に湧き上がってきます。
そして、こちらも、到底写真の大きさには収まらない景色です。
遠い昔、『景色がわたしを見た』という、寺島尚彦先生の合唱曲がありました。地球、自然の偉大さを目の当たりにした時、このタイトルの意味を思います。ご紹介した三つの場所で私は、『見られている』感覚に襲われたのです。
そう、私たちは、地球から、宇宙から凝視(み)られているのだ、と言う実感。その実感を持って生き続けたい、と思うのです。感謝とともに。
(写真:ベルゲンにあるグリーグの作曲小屋)