貴重な学生時代に歌を
合唱指揮者 森永淳一
教室の仲間より合唱部の仲間との絆が深かった。思い出す顔はほとんど合唱団の仲間だ。高校・大学での合唱活動はいまだに私の合唱への情熱の原点として鮮明に心に焼き付いている。そして大学での一つの出会いが私の人生を大きく変えていくことになる。
合唱を本格的に始めようとしたきっかけはおそらくちょっと変わっている。私は数学がとても好きだった。そして大学時代、合唱団のレッスン中に聞いた「純正な5度音はピアノ(平均律)の音より2セント高い(100セント=半音)」という、松下耕先生の一言。それは私の合唱心と数学心を両方くすぐった。そしてまずくすぐられたのは数学心のほうだった(笑)。最初に考えた数式は今でもよく覚えている。
はじめは計算することの喜びを感じていたが、計算で出せても耳で判断できなくては役に立たない、実際に音を作れないと意味がない、もとい、楽しくない!数学心から合唱心へ。そこから、純正律を体感できるアカペラの合唱音楽にのめり込んでいく。そして合唱することが何よりも楽しくなり、ついに指揮者として生涯を合唱とともに生きていこうと決意する。
大学卒業後に上京、松下先生を訪ね、合唱についての多くを学び、たくさんの経験をさせてもらった。人としても未熟だった私(今でもまったくもって成熟とはほど遠いが)に、大切なものをたくさん教えてくれた。合唱がいかに人を結びつけてくれるかを、救ってくれるかを知った。その後にお会いしたたくさんの先生方も、優しく気さくに声をかけてくれたり、教えてくださったりしてくださった。感謝しても感謝しきれない。
いま、合唱指揮者として合唱を教える立場にあり、幸せなことにたくさんの合唱団が私の指導を受けてくれている。中でも児童合唱団と大学合唱団を指導する機会に恵まれ、さらには故郷の母校の指導ができるのも幸せの限りだ。しかし昨今の状況により、歌う機会を奪われ、団員が減り窮地に陥った。再起が難しい合唱団も多いと聞く。過剰なリスク回避思想によって未だに本番が中止になったり、演奏するのに過剰なルールがあったりするなど、相も変わらず風当たりが強い。小さなリスクを回避している間に、何か大きなものを失っていることに気づいていない。私が学生時代に得られた数々の素晴らしい経験を、子どもたちや学生たちが当たり前のように受けられる世界を取り戻す必要がある。都連をはじめとする合唱音楽界を支えてくださっているみなさんとともに、大きな力を持つ合唱音楽を絶やさぬよう、そして子どもたちや学生の歌う機会を何としても守っていくため、微力ながら力を尽くしていきたい。