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オンライン合唱の実験

柳嶋 耕太

 

世界中で合唱活動の危機です。僕が最後にまともに行えた演奏会が2月末の横浜でのバッハ『ロ短調ミサ』でした。翌週、3月上旬のChor OBANDESコンサートは本番3日前にホール管理者の市から中止を言い渡され、そこからどうにか代わりの場所をみつけてYouTube Live配信によるコンサートに転換。それからも事態はどんどん悪化し、最終的に僕の関わる全合唱団での活動が停止となりました。

幸い僕のところには、すでに外出禁止のコンセンサスが強く形成されていた欧州・アメリカで、この状況下どのような合唱活動を実践しているかについていくつか情報が入ってきていました。狼狽していても仕方ないので、海外の実践例のなかから導入コストが低そうなZoom(ビデオ会議システム)を利用した合唱練習の可能性を検討し、3月末に実験することにしました。Twitterで参加者を募集したところ国内外から30名ほどが集まり、またツイートがNHKのディレクターさんの目に留まり、当日取材を受けました。

当日の実験では、音声・映像の遅延があるZoomを使った上でどのような練習可能性があるかについて検討しました。まず期待を裏切らねばならないのですが、遅延がある以上同時に全員で音を聴きあいながら声を発することが不可能です。これはZoom以外のツールを使ったところで、現状オンラインでは解決できない問題です。

なので、参加者のうち一人が音声をONにしてうたう。それ以外の全員はミュートにした上で、ONの人の歌にアンサンブルしてうたう。というスタイルが基本になります(機材準備や段取りなど実験の詳細な内容については最後にQRを貼った僕のnote記事をぜひお読みください)。

見方によっては従来の合唱活動とはまったく違う、きつい制限のようにも感じられます。一方で、これまでの合唱練習では見逃してしまってきたであろう様々な発見もありました。合唱、特に大人数の合唱でうたうなかで、その中の個人の声、表情の変化をしっかりみつめながら「その人と」アンサンブルをすることって普段どれほどあったでしょうか。参加者のフィードバックのなかにも、うたう仲間の表情に感銘を受ける声がありました。この実験では幸運なことに、ベルリン在住の日本人初のRIAS室内合唱団員である吉田志門さんにもご参加いただけたので、彼のテノールに合わせてそれぞれがうたうという貴重な体験もできました。自宅でRIASメンバーの声を生で独り占めというのはオンラインでなければ実現できなかったことです。

音声をONにする一人をピアニスト(若手実力派の薄木葵さんにお願いしました)、指揮者にして行う方法も試しました。1声部の歌とだけ合わせるのは難しさもあるので、初期段階ではピアノのサポートが有効であることはオンライン練習でも同じです。指揮は、それぞれの練習を一通りやったのち、最後に合わせる段階で行いました。指揮者は僕自身です。全員の音声がOFFですから音のフィードバックがありません。不完全な状況のなか、普段以上に自身の実力と、歌い手への信頼が試される場面です。参加者の多くが「みんなの表情をみられてよかった」と感想を残しましたが、僕にとってこの瞬間がまさにそれでした。音声は聴こえないけれど、不思議とそれぞれの音楽が感じられました。「いま自分の本来の仕事をしている」という実感がありました。

いつまで続くかわからないこの状況。ですが、前と少し形が違ってもまた必ず共にうたえる日が来ると信じています。その時のために今できることはどんどんやっていくつもりです。

《合唱ニュース》No.221より
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