Tokyo Choral Association

東京ヴォーカルアンサンブルコンテスト→東京春のコーラスコンテスト40周年記念対談

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~ヴォーカルアンサンブルコンテストのいままでとこれから~

東京春のコーラスコンテスト(春こん。)は、前身の東京ヴォーカルアンサンブルコンテスト(TVEC) から数えて40 周年を迎えた。
TVEC の発案者・栗山文昭氏と春こん。の発案者・松下耕氏の両氏に当時の想いと、これからの展望を伺った。

TVECを始めた想い

事務局長:
TVECが始まったのが1986年2月。当時は大合唱団が当たり前とされる中で、少人数のアンサンブルを経験すると、合唱団や団員にとって色々と良い勉強、経験になるよ、ということがあったのかな、と思うのですが、始められた時の想いなどをお聞かせいただけ
ますか?

栗山:
コンクールが終わって、4月に新入生が入ってくるまでの期間が端境期のようになっ
てしまう。活動がなんとなく停滞する時期。上級生がいなくなって、新しい世代の力試し
の場を作りたかった。新しいシーズンに向けた前哨戦のようなもの。
それから、前年に福島で同じようなアンサンブルコンテストが始まった、というのを伝
え聞いたのがあった。
それから、コンクールで定義される少人数が32名とかで、これは全く少人数とは言えな
いような人数。連盟という枠組みの中でも、4人とか5人とかの本当に少ない人数でアンサ
ンブルをする、そういうものを取り上げてみたいと思ったんです。

事務局長:
今、時期的なこともおっしゃっていましたけれど、その当時の都連には5月末から6月頭にかけてのおかあさん、6月末の合唱祭、10月頭のコンクール、の3事業しかなくて、下半期には発表の機会が全くなかった。そんな中で、冬に作られた本番は大きく歓迎され、参加団体は初回に65団体、第5回で既に100団体を超え、第9回では150団体を数えるようになりました。

TVECの部門・ルール設定について

事務局長:
人数制限は、一般部門は20名以下でしたが、中高生は25名以下とややゆるやか。また、全部門でピアノ伴奏もOKでしたがそのように設定した意図は?

栗山:
日本は戦後に合唱が盛んになったと思うんですけれど、一方で、環境的にピアノがない、楽器がないから集まって伴奏のないところで歌おう、というのが割と多かった。基本的にはあえて無伴奏をやりたいんだということだけではなかったです。
ただ、男声合唱団というのは戦前からあって、伝統的にピアノを入れることはほとんどなかったんですね。最近の男声合唱ってピアノが入るけれど、あの頃はピアノが入るのはまずなかった。
TVECを開始するにあたって随分と考えたんだけれど、会場を提供してくれる尚美学園の事情もあって、ピアノっていう楽器を出したかった。もう一つは、男声合唱とは別の流れで、ピアノ伴奏の入った混声合唱が増えてきた。そういう人たちが、全日本合唱コンクールに出てもなかなか難しいけれど、少人数に絞った状態ならなんとか行けるんじゃないか、っていうそんな事情があったような気がするわけです。

事務局長:
先ほども申し上げたように、割と数年で参加団体も大きく増えていったんですが、実際に始めてみて手ごたえはいかがでしたか?

栗山:
一番初めはね、結構苦労したんですよ。全日本からコンクールと似たようなことをやるなと言われたり、都連の中でも僕が何か言うと必ず反対する人たちがいたりして、結構厳しかった。
反対の論拠に予算がどうのこうのって上がりがちだけど、そういうことをクリアするために尚美に広告を出してもらったり、会場費をタダにしてもらったり、学園理事長の賞を出したりしたわけです。
そうやってなんとか皆さんを説得して始めたので、結構厳しいスタートではあった。

事務局長:
アンコンが福島でまず始まって東京、埼玉、千葉…と各地に浸透していって、今では直接的な上位大会ではないものの全国大会も開催されるようになって。この40年でアンサンブルというものに対する合唱団側の意識というのも大きく変わっていったのかなと思います。松下先生はおそらく指揮者として出場なさっていたかと思いますが、TVECに関する思い出はありますか?

松下:
出てたと思うんですけどね、僕は聴いた覚えの方が多いんですよ。当時、尚美で教えていたということもあって、なんか色々手伝いながら聴かせてもらって、楽しかったですね。
コンクールはなんか殺伐とした雰囲気があって。あと、辻・栗山軍団に勝てるわけがないっていう一種の諦めみたいなのが僕らの時代にあって。だけどTVECだともっとなんかフランクだったんですよね。演奏も合唱団のネーミングもラフな形で音楽を楽しんでいる姿が見えた、というのがTVEC初期の頃の印象ですね。
もう一つ好きだったのは、ローカルに徹するっていうね。何でもかんでも日本一を決めるんじゃなくって、東京は東京で楽しみ、埼玉は埼玉で楽しみ、それぞれの良さがあるっていうところが僕は好きだったんですね。

事務局長:
部門編成についてですが、第1回はその当時のコンクールを下敷きにした、高校・大学・職場・おかあさん・一般という形ですが、翌年からジュニアが、4回から中学、さらに5回からはルネサンス・バロック部門が始まっているんですね。このルネサンス・バロック部門はすごく特徴的で、春こん。でも継承していますが、このあたりの設定意図について教えてください。

栗山:
想像がつくと思うんだけれど、ルネサンスの音楽とロマン派の音楽が争うということは基本的に無意味だよね。それからドイツの音楽と邦人作品が争うっておかしな話だよね。だから本当はそれなりに部門があるとい
うのが自然だと僕は思っています。
ルネサンス・バロック部門の設置には基本的なもの、本格的な基礎を作る場を与える目的があった。ルネサンスは音楽の基礎であり到達点。そこをしっかりとみんなで勉強していく機会を作るというのがすごく大事だと思
います。
なんとなく「そこは不利だから避ける」みたいなことがあるとすれば、それはもう完全に道を踏み外していると思います。
翻って考えると、ルネサンスにもっと光を当てて、そこにしっかり腰を下ろして勉強する時間が指揮者にとっても大切だと僕は思います。もちろんバロックもそうですけどね。

春こん。が目指したもの

事務局長:
ありがとうございます。
始まった時には新しいものとして受け入れられていたものが、回数を重ねるとある種当然のものになって行きます。一つのコンクールとしていかに賞を取るか、みたいな団体も当然のように現れて、TVEC後期には特に学校の部門で顕著だったんですが、一つの団体が複数に分割するけれど、同じ曲を演奏するようなケースも。そんな中で松下先生が、中高部音の人数制限を撤廃して春の新人戦としての場にして、でもアンサンブルという形を楽しみたい団体にはユース部門を作ってそこに出てもらうような仕組みに。一つの事業の中に、人数上限なし、伴奏もOKのスクールク
ワイアコンテストと、20名までで無伴奏のみのアンサンブルコンテストと二つの形式に大きく分かれる形になりました。
改革の思いを、松下先生お聞かせいただけますか?

松下:
ひとつは今言われたように、一つの学校が同じような曲を歌っていくつものチームで出て、いくつも賞を取って、というような状況を解消してもいいんじゃないかと。一つの学校なんだから、一つの学校として切磋琢磨してもいいんじゃないか、ということで中高部門の上限を撤廃してアンサンブルコンテストという名前じゃなくなりました。
もう一つは部門の細分化ですね。クラシック・現代音楽部門、それからルネサンス・バロック部門があるのはそれまでと同じようなものですが、それと同時に、宗教音楽部門、フォルクロア部門、それからジャズ・ポップス部
門を作りました。
それともう一つは、混声と女声、男声といった歌唱形態によって分けてそれぞれ審査する、ということですね。
さらに、コンクールでは多数決で決まった順位の相対的な位置によって金、銀、銅がきまっていく。そういうことをやめてみようじゃないかと。音程、リズム、演奏解釈など、いくつかの要素に分けて、絶対点で採点しても
らう。これによって相手との比較じゃなくて、自分たちが今このぐらいのところにいる、というのがわかる。悔しくないコンクールを目指そう、といってやってましたね。
もう一つ大きかったのは講評用紙がない。書かなくていい。これは審査員には非常に好評でした。書いてる時は演奏を集中して聴けないんですよ。たくさん書いてくれる人っていうのはとても優しい人みたいなんですが、一言しか書いてない人も感涙にむせんでいるかもしれない。その情緒的な言葉を探している時間を採点に集中してもらった方がいいんじゃないかと言って、絶対点数制にした。それによって何点以上が金賞。相当する点数が多く出れば金賞が多く出るし、ないときは該当なしというシステムにしました。
そしてやはり響きの良いホールでやる、ということ。これはTVECからの理念を受け継いでやっていますよね。

事務局長:
ありがとうございます。今、評価の方式のお話をされていましたが、TVECも100点満点での採点で、4 ~ 9回のプログラムには入賞団体も絶対評価で決めるから入賞が多いこともあれば、該当なしとなる場合もある旨が記載されています。この評価方法を導入された理由は覚えていますか?

栗山:
評価っていうこと以前に、まず場所を作ることが一番大きかったので、評価は二の次。評価は「一応出そう」ということだったと思います。
やがて時間が進んできて、ヨーロッパの合唱コンクールの影響を受け始めて、ヨーロッパの評価が日本と違うんじゃないか、ヨーロッパ式の合唱の評価の方があり方としてもっとクリアではないか、ということでそういう評
価法になったと思うんです。評価方法自体も一種の発展・淘汰があってきたんです。
コンクールというのは、何でこうなんだってある意味では理不尽にならざるを得ない部分ってあって、主催者は常にそれを試している役になる。だから評価というものに、これが一番いいんだ、っていうのはなかなかないんじゃないか。それよりはこっちがいいというところで評価方式が変わっていくのかな、と僕は思っています。

事務局長:
栗山先生も松下先生もヨーロッパの合唱コンクール、世界の合唱コンクールをたくさん経験しておられますね。松下先生が春こん。を作っていく過程で、そうした海外のコンクールを意識されてきたと思うのですが、そのあたりお話しいただけますか。

松下:
ヨーロッパのコンクールって、ダメでも取れなくても楽しいんですよね。海外だから連続しては出ないじゃないですか。毎年は出ないし、その国その国をみんなで旅しながらっていう、この楽しさね。そして聴く楽しさっていうか、自分たち以外の合唱団を聴く楽しさっていうのを知りましたよね。
日本でもそんなのあっていいんじゃないかなってずっと朧げに思ってたんですよね。それには審査方法っていうのは非常に大切なんじゃないかなと。
あともう一つは司会者。司会者はどこのヨーロッパのコンクールに行っても名物司会者がいる。日本のコンクールっていうと影アナじゃないですか。ではなくって舞台上に出て行ってもいいんじゃないのって言って、春こん。
でやってみたというのもありました。

事務局長:
春こん。って権威的でなく、明るく楽しい雰囲気のコンテストを作れたらいいんだと言って、様々なところでそういう雰囲気を作れるような工夫があって、そのうちの一つの施策が司会というものだったかなと思います。

指揮者とアンサンブル

栗山:
TVECには僕の合唱団も出たんだけど、一切僕はタッチしないで、合唱団の中で誰かリーダーがいて、それが合唱団の中同士でお互いがしのぎを削るというやり方をしたんですよ。
そういうフランクな、指揮者が顔を赤くして頑張るんじゃないところにも合唱の楽しさってあるんじゃないかと思うね。歌う人間が主体の合唱団、合唱コンクール。松下:
そこですよね。つまりアンサンブルとは何か。何回も話し合いましたよね。TVECから春こん。になって、アンサンブルって何なのって。自分たちで丁々発止しながら音楽を作っていくのがアンサンブルなんじゃないの、と言って。今は指揮ありの部門と指揮なしの部門とあるんです。指揮ありの方が出やすいという合唱団もあるでしょうから、それはそれとして。指揮者に寄ってくる合唱と、自分たちが能動的に出してくる合唱と、やっぱり同じレベルでは審査しにくいんじゃないかということで、今は分けてるんですよね。

事務局長:
栗山先生がおっしゃった、まずその合唱団ありき、団員ありきの部分っていうのが当初の思いとしてあったというのはすごく大事な示唆だと思います。
指揮者とアンサンブルという問題についてどのようにお感じになりますか。栗山:
指揮者のないオーケストラも結構あるんだけど、それって多分限度があるんだよね。やっぱり指揮者が入ることで全然違ってくる。合唱団でもそういうことがある。だからそこの自発性っていうことの一番大きな目的というのは、喜びじゃないか。自分たちが歌う喜び。見てる方もそういう自分たちが歌ってるこの姿を見ることに喜びがある。
だけど音楽作りとイコールであるかどうかはまた違う話だよね。指揮者がいることによって音楽を作れていることもある。だからこれは合唱のいわゆるあり方の話になると思うんだけど、合唱本体が指揮者のものではないことは事実だ。これは合唱団の団員のものだ。歌う人間のものだ。だからそのバランスが一番大切かなって思う。

松下:
僕が学生の頃はもうとにかく関屋晋、辻正行、栗山文昭、それから畑中良輔、北村協一、福永陽一郎、天野守信とかの大スターたちがたくさんいて、それに憧れていたの。そんで今度は僕らが指揮者になって、今度は栗友会とか晋友会とかの真似して耕友会とか樹の会とかしてて。でも、その下の世代の人- 25 -たちは、僕みたいな憧れを持つのではなく「いや、自分たちでやった方がいいじゃん」って。なんか、指揮者におんぶにだっこな合唱よりも、自分たちの自発性を、みたいなのが増えてきたような気がしてた。
ただ一方である程度の人数になると指揮者がいた方が音楽的に絶対にいい。だからアンサンブルと合唱の違いっていうのは、人数の違いと指揮者の有無だと思います。ヨーロッパの合唱団で、12,3名を超えた団が指揮者なしっていうのはあまり見ないかな。
で、その後、また指揮者になりたい子が戻ってきていて、その子たちはたとえばドイツとか、北欧とかで勉強してきた、みたいなのもいるし。柳嶋くんとか谷さんとか、あの辺りを筆頭に、結構みんな勉強していて。「指揮者の復権」ってまで言ったら言い過ぎだけど、指揮者ありの合唱団がまた若い子の間で楽しまれているということであれば、それはまた時代なのかなと思いますね。必ずこうした揺り返しがあるんじゃないでしょうかね。だから両方のスタイル(指揮あり、なし)ありだと思うんです。だけど鍵は人数だと思います。
8人とかだったら指揮なしってすごい楽しいと思うんですけど、20人くらいになって指揮者なしって、必ずその中に1人いるんですよ、テンポとってるのが。それってもう指揮者じゃん。それならちゃんと勉強して前に出なさいよ、って思っちゃうね。「私たちは指揮者をおかず、一人一人自主性を重んじた活動をしています」という若い団体が一時期多かった。でも指揮者を置いたって同じことでしょう?指揮者がいたって歌う人の積極性で歌うのであって、自主性の有無を指揮者のせいにしないでよ、ってすごく思ったんだよね。指揮者がいるから私たちは自由に歌えない、って違うでしょう。その辺が、アンサンブルっていう考え方がまだしっかりと浸透していなかった時代なのかなと思いますね。

事務局長:
ありがとうございます。最近、合唱指揮者、指導者になりたいと言う若い人たちが戻ってきているような気がする、とおっしゃっていましたが、その一つのきっかけ、あるいは象徴として「若い指揮者のための合唱指揮コンクール」やJCAユースクワイアの存在があると思います。技術と志のある子たちが集まって、そうした場で合唱やクラシック音楽の本場・ヨーロッパなど海外の先生から直接いろいろなエッセンスを得る場になっている。
合唱指揮者コンクールも回数を重ねて、実際にそこの場から育ってきた人たちもいる中で、今振り返ってどう感じていますか?

栗山:
「若い指揮者のための合唱指揮コンクール」は私が言い出したと言うよりは、オルトナーやホグセットが、ヨーロッパにはそういうコンクールがあるよ、そういうものを考えたらどうだ、と提案してくれて、彼らがプロットを書いてくれて、それで始めた。このコンクールではもう完全に100%無伴奏。ピアノを使うことはありえない。そう言う意味で基礎的なものを勉強できる場になっています。
これは僕らが指揮者だからそう思うのかもしれないけど、やっぱり合唱っていうのは指揮者が大きな役割を果たすものだと思っているんです。それを育てる、とか、指揮者っていうものをイメージできる機会っていうのがなかったと思うんですね。最初は言ってみれば周りの声とか色々考えないで始めた。だから色々批判もあるとは思う。でも、こないだのコンクールでは広上淳一先生が内容を結構褒めてくださって、やっぱりもっとみんなで広めていきたいな、と。
ただ、実は海外でいうと、合唱指揮者のためのコンクールが減っているんですよ。だから、まだ僕としてはこれからどうなっていくのかな、と思っているんです。

松下:
反対に合唱作曲のコンクールは増えているんですけどね。

合唱指揮を学ぶ環境

事務局長:
日本で合唱指揮を体系的に学べる場所がない、というのはずっと課題ですよね?

栗山:
簡単に言えば、教会があるかないかが一番全ての合唱の根本になるよね。宗教というものがね。その土台がないところに、砂上の楼閣のようなものを作ろうとしている。まだそういう状態だと思うんだけど、日本の小学校や中学校の音楽教育って割としっかりしているんですよ。向こうは教会があるから学校ではそんなにやらない。そうした音楽教育によって生まれてきた日本の音楽環境っていうのは割と珍しく功を奏しているというか。そもそも、何もなかったものからそういうものが出来上がっていく過程、という前提で見なきゃダメだと思うんですね。
ただ、ヨーロッパでもこれまでの職人的な社会からアマチュアに移って、アマチュアの中で何をするかという状況はやっぱり迷っているんですね。ヨーロッパで19世紀に起こった合唱運動、オルフェオン、リーダーターフェル、グリークラブ運動とか、考えてみるとまだそんなに昔じゃない。そう考えてみると、海外もまだ市民にとっての合唱と教会での合唱ということとの結びつきは必ずしもうまくいっていないんじゃないんだろうか。
そういうことの中で、東京国際合唱コンクール(以下:TICC)とか、僕らがやっている指揮者コンクールみたいなことをやっていて、そこで見えてくるものもあるんじゃないか、っていうことも含めてやっている。
いろいろ彷徨いながら、その中でみんなでじわじわ時間をかけて作り上げていっているんじゃないかと思います。

松下:
全く栗山先生がおっしゃった通りで、まず教会がない。学校教育がいままで支えてきた。ただ、その学校教育が何を教えてきたかっていう内容の問題でいうと、例えば教育大学を出る時に、あるいは音楽大学の教育科を出るときに合唱指揮の試験に合格しなければならない、みたいなのは今のところないんですよね。それから合唱の楽譜のアナリーゼの試験もない。そこを変えていくのが必要なのかな、と思います。
今の小学校や中学校の先生が、どういう思いで合唱に携わっているのか、子供たちを合唱でどういうふうに育てたいのか、というビジョンがちょっと見えてこなくて、情操教育の名のもとに刹那的な感動を持たせようとしている。だから合唱の目的の一つにクラスの団結みたいなことを言うわけですよ。
合唱を勉強することによって何が身につくのか、本当はいっぱいあるはずなのに、そこがちょっと蔑ろになっているのかな、という気がします。

無伴奏の意義

事務局長:
やっぱりアンサンブルコンテストの主流として、無伴奏の音楽というのが当然大事になってきます。松下先生は日本の作曲家の中でも無伴奏を書いている割合が非常に高いと思います。無伴奏という形態について、思いをお聞かせください。

松下:
やっぱりもともと合唱は無伴奏だから、そこで一番合唱の良さが発揮されるんじゃないかと思います。日本の合唱作品のピアノは協奏だとみんないうんですけど、書き方がヴィルトゥオーゾなんですよ。三善晃先生からなのかな。伴奏とは言えない、ピアノがまず語るというような。これはこれでいいと思うし、僕自身も書いている。
ちょっと全日本合唱コンクールの話に戻ると、少し前に小学校の部ができて、小学校の課題曲集ができたでしょ。そこには「烏かねもん勘三郎」とか、そういうのが入っていた。課題曲集はそういうシンプルな無伴奏だけでいいと思う。TICCでジュニア部門の課題曲を僕が毎年小さな無伴奏作品を書くようにしたら、日本の団体の出場がゼロになっちゃって、どうしてってヒアリングしたら、「課題曲が勉強できない」って。啓蒙するのって難しいなと思う。
「無伴奏は難しいんだ」ってちょっとなんか間違った認識っていうのをなんとか払拭したいな、って思いますね。
でも男声合唱は飲むと必ず無伴奏で歌うよね(笑)

事務局長:
男声合唱って、最初の頃に栗山先生もお話しされてましたけれど、むしろ無伴奏がレパートリーの中心で、技術的に長けているわけではない高齢の団体であってもタダタケなら歌うよ、みたいな土壌があるんですよね。ところがこれが同じような女声や混声の団に無伴奏を提案すると「先生無理です」って。おっしゃっていたように「無伴奏だから難しい」ということでは決してないわけで、どうすると無伴奏に親しみやすくなりますかね。松下:歌いやすい無伴奏の作品を作曲家が書くっていうことは必要ですよね。昔の方がシューマンとかちょっと口ずさめるような無伴奏の曲があった。だんだんと難易度の高い作品が多くなってきて。今だからこそ、楽しめる易しい無伴奏っていうのを書いていくことが必要かな、って。

栗山:
僕が高校時代とかって邦人作品がほとんどなくて、大概がヨーロッパの有名な曲を合唱に編曲したような無伴奏の作品ばっかりだった。好きとか嫌いとかじゃなくて、それしかなかった。僕も高校時代にはほとんどピアノ付きは歌ったことない。それが当たり前だったんだよね。
髙田三郎さんの『水のいのち』が登場したことがとっても大きかった。それ以降『水のいのち』みたいなのわーっと広がってきて、ピアノが入って、非常に壮大な音楽で感動できるものっていうか。それまでにないことはなかったんだけど、あまりにもわーっと広がった。それからなんか合唱にはピアノがつくもんだ、みたいになったところがあって。

事務局長:
先ほど松下先生が、取り組みやすい易しい無伴奏の作品をもっと書いていくべき、みたいなお話をしてくださったんですが、以前よりも無伴奏の作品そのものが生まれるケース自体は増えてきているとは思うんです。『水のいのち』くらいの時代って、ロマン派的なスタイルの合唱音楽、ピアノがあって、そこにホモフォニックに音楽が進んでいくような作品が多かった。そこから三善晃先生のようなスタイルなど、多様性が出てくる中で、無伴奏っていうムーブメントも90年代後半とか00年代ぐらいに興ってきて、たくさんの方が無伴奏を書くようになってきた。ただ一方で、日本の合唱黎明期にはあまり多く用いられてなかったdiv.もごく当たり前に使われるようになってきている気がして、4声の無伴奏作品が4人で歌い切れる、というものが非常に少ないように感じています。
最近の無伴奏作品について、松下先生はどのように感じますか?

松下:
ピアノ伴奏ついた方がいいじゃん、っていう曲もあるよね。(笑) 無伴奏、特に同声合唱で無伴奏楽譜ってすごく難しいことだと思います。パートの音の置き方とか。僕も今は経験値だけで書いているので、こうした「コラリゼーション」を教えてくれる場所があるといいなと思うんです。

音大における「合唱」

松下:
でも、僕なんかの頃は「合唱を書きたい」というと「え?」みたいな感じでこいつ変わってるな、って思われてたけど、今は作曲科の学生でも「合唱曲書きたいです」って胸張って言えるような時代になったのは良かったと思います。明るい未来もあるんじゃないでしょうかね。

事務局長:
声楽を学んでいる人たちの中でも結構変わってきていて、合唱を志向している人も増えているように感じます。音大の場におられて栗山先生はどう感じていらっしゃいますか?

栗山:
今は引退したけどね。少し変わってきていると思います。「声楽家が合唱をやるなんてとんでもない」って考え方はあるからね。高校までは合唱やってきたけど、大学に入ったら先生が「合唱なんかやるんじゃない」っていうのは今だってあって、その流れは合唱の授業の中にもあるからね。ただ、最近は音大の現状をみていると、合唱をやりたくて来ている子はいる。
僕が芸大で教えてた頃は、まず「合唱!?」って。福永一博くんは例外的に「合唱やりたいです!!」って言ってたけど、稀有な人間だからね。音大で合唱を求めるっていうことが難しいことだった。だけど少し変わってきたかな。

これからのアンコンに期待するもの

事務局長:
最後に、もうひとつ、今後のアンサンブルに対するお考えをお聞かせいただきたいんですが、都のコンクールや合唱祭の歴史を紐解いてみると、TVECが始まった頃のコンクールの平均人数が45名弱、合唱祭では30名ほどでした。
現在ではコンクールでも30名、合唱祭は18名弱。今年の合唱祭では7割以上が20名以下で春こん。にそのままで出られるサイズ。合唱団が以前と比して小型化しているなかで、これからのアンコンに求められるもの、期待するものってどう言う風にお感じになりますか?

栗山:
形はどうあれ、合唱をする人たちを大事にできる場所っていうのは必要だと。自分たちで演奏会をやったり、集まることができる人もいれば、やっぱりできない人もいる。そういう人たちを救える場所というのは大事だと思う。
そして、その場がいい意味で回転をしていくといいよね。その先にはたとえば耕くんがやっているTICCみたいなところで歌うこともできるだろうし、世界へ行くこともできるだろうし、いろんな場所があると思うんだけど、その前の一番初めの段階をずっと見つめてあげるということが、アンサンブルコンテストで大事なことじゃないかしら。そこで1位を決めることだけじゃない、その場所の提供ということを忘れてほしくないな。

松下:
一つの合唱団の人数は減っているけども総人数は激増しているじゃないですか。合唱団の数は増えているわけですよ。で、増えた分、それだけ色々なものが提示されているかというと、同じような曲をやっている。なんか作曲家にも流行みたいなのがあって、みんなが同じような作曲家を選んでいるという傾向がある。若い人は若い人で選んでいる人がいて、そういうのも一つの主張なのかもしれませんけど、もうちょっとその合唱団の良さが出るような選曲というか在り方というか。春こん。の部門を活用して、今年はジャズ・ポップスで楽しんでみようか、みたいなそういうフレキシビリティがあるといいんだよね。みんなが同じようなことをやっているっていうのは勿体無いんですよね。

事務局長:
貴重なお話をたくさんありがとうございました。今後も連盟としてどういう仕掛けをして、どういう場を提供していくのか、その場をどうやってアップデートしていけるのか、ということを考えながら、でもその地域性、独自性のあるコンクールとしての楽しみを作っていけるのかと改めて考えています。

栗山:
あまり権威付けしない方がいいよね。たかが日本で「合唱で一番だ」っていっても大したことないんだから。
なったことがある本人が言うんだから間違いない(笑)

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